通い男と哀愁猫

4月にこの“嵐が丘”に引っ越してきた。ここは緑が濃く朝になるとカラスの大合唱で目を覚ます。だからここは“カラスが丘”でもある。夏は蝉の声もやかましい。今だ外は生き残りの蝉がジイジイと鳴いている。でもこの高台の団地は風が通るので、普通の横浜の町より涼しく、昼も夜も本当にクーラー要らずだ。逆を言うと多分冬は凄く寒いだろう。でもその時は窓を開けなければいい。近頃は夏が涼しければ全てOK!だ。

僕は前のマンション、娘夫婦の所に居候をしていて、オジサン猫、部屋猫ブンタとマブダチだった。だから引越しの時にこのマブダチとの別れを凄く悲しんだ。でも引越し先は歩いて10分位の所にある高台の団地だ。だから僕は時々愚愛妻と一緒に僕のマブダチを訪ねていく。一週間に一回はいく。娘夫婦の不在の時に。大抵は火曜日か水曜日の午後3時過ぎ、少し暑さが峠を越えたところで出かけていく。そして誰もいないのに♪ピンポンを鳴らす。誰もいない訳ではない。マブダチのブンタが眠りこけている筈だ。そしてドアを開けて中に入ると、ブンタが寝室のドアの端に顔を出し、ドアに顔を擦り付けて僕らに親愛の情を示す。

僕らがリビングに上がると、ブンタも一緒についてくる。そして床の上にゴロンと横になる。僕はブンタの頭を、背中を、尻尾を、そして腹を撫でてやる。ブンタは気持ち良さそうに目を閉じる。そして口を大きく開いて大きなアクビをする。これも猫の相手に対する親愛の情だ。「俺は警戒してないヨ」という合図だろう。そしてその内自分の手や体を舐めだす。つまりリラックスする。僕らはしばらくこの再会の挨拶を交わしジャレあう。でもしばらくするとブンタは部屋の隅にノコノコ歩いていき、猫の三角座りをしジッと僕の顔を見つめる。その顔は何だか哀愁に満ちている。ブンタには分かっている。もう数時間するとこの夫婦が消え去るのを。以前は目を覚まして僕の部屋の戸をガリガリやると必ず僕がいた。でも近頃はたまにしか現れないどころか、数時間で消えてしまう。だからブンタとしては遊んでいても安心は出来ない。何と不憫な事だ…。

そしてブンタはその内自分の部屋に、娘夫婦の寝室に戻っていく。しばらく眠りに付くために。僕はソファに横になりテレビを見ている。女房はせっせとアイロン掛けをしている。娘の旦那のワイシャツや娘のブラウスにせっせとアイロンをかける。これも一種の母性本能か?そして一眠りするとブンタがまたリビングに出てきて、今度はボロボロのソファの背にペタンと座る。僕はまた頭を撫で、背中を撫で、尻尾を撫でてやる。ブンタはしばらく気持ち良さそうにしているが、その内何時ものように僕の手を小さな猫手で押さえつけガブリと噛みつく。僕はその噛みついた頭をゴリゴリ撫でてやる。何時ものお遊びが始まる。でも近頃ブンタの噛み付き方はやや弱弱しい。昔のように僕の手が血で滲むような噛みつき方はしない。だから何だか可哀想だ。ブンタも手加減しているんだろう。通い男と哀愁猫。まるで村上春樹の小説のタイトルのようだ。あれは「めくらやなぎと眠る女」だったっけ?ブンタは僕と遊んでいても以前のように夢中にならない。ブンタの小さな心には、僕がいつ消えるかの不安が残っているようだ。


僕らがソロソロ帰ろうとして、ブンタにさよならをし、また来るよと頭を撫でても彼は知らん顔をしている。というか僕らを無視する。多分ブンタは別れが嫌なのだろう。だから帰る時も見送りには来ない。ドアでリビングにいるブンタにまたねッ!と声をかけても、ブンタは知らん顔をしている。可哀想に。彼は別れが嫌なんだ。でもブンタよ、人生とは別離と寂静の集積だ。これは生きる物のどうしょうもない宿命なんだヨ。とお釈迦様も言っている。愛別離苦と言ったっけ?ブンタはもうオジサン猫なのに、ブクブク太らず細っそりしている。だから顔も小さく、そういう意味では品のいいオジサン猫だ。でも近頃の彼は哀愁を顔に漂わせている。でもしょうがない、どうしてもやれないヨ。できる事はせいぜい毎週彼に会いに行く位のものだ…。