猫と人の情愛

近頃室井滋のエッセイを読んでいる。きっかけは宮部みゆきである。宮部が室井との対談集で、室井のエッセイ集「むかつくぜ!」が凄く面白いと言っていた。室井は相当変わった役者であるらしい。役者というよりその人柄が珍であるらしい。彼女の行く所必ず何かが起こる。隣人とのトラブルであったり、外のトイレでは必ず痴漢にあったり、相当怖いタクシーに乗り合わせたり、色々なオカルト事件であったり。室井自身が画面で見ていても普通の女優には見えない。女優の中でも一癖も二癖もある貴重な性格俳優?である。僕はいつものブックオフで室井のエッセイ集を6冊買って次々に読み捨てていった。一冊数時間で読めるし内容が中々面白いというより、意外性がありややオカルティックである。確かに普通の女性とは感覚・意識・行動が少し違う。

「むかつくぜ!」は彼女の初エッセイ集?、出だしから笑わせてくれる。それは彼女の出所出自による所が大きい。地味な富山県の出身(しかし暮らしやすさ日本一、魚も日本一美味い)小さい頃離婚した両親、やさしい祖母と父に育てられた子供時代、学校では大人しい優等生、単身上京し早稲田に入学、途中で仕送りしてくれた父が急逝、数多くのアルバイト歴や自主映画の製作、少しずつ始めていったバイト代わりの女優業…そして7年かかって大学を中退。一見普通そうに見えるがかなりおかしな経歴である。昔の学生時代も相当雑駁であるが、特に早稲田ということが彼女の性格形成に与えた影響は大きいだろう。僕も社会人になって多くの早稲田出身者がいたが、とにかく彼らは騒がしい。慶応出身者はスマートで大人しいが、とにかく早稲田は騒々しい。学風もバンカラそのものだったろう。悪く言えば田舎もん・芋・野心家・騒動家である。つまり下克上の世界である。勿論中には優秀な人もいる。(済みません。早稲田の悪口を言う積りではなく、自分が感じた実際の印象を言っている…)

多分早稲田に入ってくる学生は地方出身者が多く、泥臭く、野暮ったく「一旗上げるべェ組」が多いのだろう。とにかくハチャメチャな奴が多い。それにマンモス大学で学生数ももの凄く多いのだろう…。僕のいたDA社でも自己利益クーデターを起こしたMZは早稲田出身で、その他アルバイト過多で首や営業費疑惑退社も早稲田だった。だから僕にとってはあまり良い印象はない。(といっても学校に関わりなく悪い奴は悪いし、マスコミ・広告関係は早稲田出身者が多かった)そういう意味では早稲田というのは地方出身者の砦であったし、梁山泊だったのだろう。室井のエッセイ集を読んでいても相当つわものがいた。(例えば暑い盛りに3ヶ月間風呂に入らないで倒れた男、室井に奢るといって一緒に食い逃げした先輩…相当のつわもの揃いだ。その上室井自身も相当おかしい)

彼女の学生時代の事は文春文庫の「東京バカッ花」に出てくる。若い頃の初々しい写真も山ほど出てくる。決して美人ではないがキュートで可愛い人だ。今日の僕のタイトルの「猫と人の情愛」は「ふぐママ」に出てくるエピソードだ。彼女の所属プロダクションの女社長ふぐママが主人公の話だ。室井が今日あるのもこのふぐママのお陰かもしれない。それほど面白い人だ。昭和18年生まれだから僕より一年先輩だ。この人は自分独自の価値観を持ち室井のような変わり者を大事にする。それとかなりオカルトな人だ。この本を読んでいると人と人の縁(えにし)の深さを感じざるを得ない。二人は会うべくして会ったのだ。

この本の最後のほうので「飼えないんなら、女優やめなさい!」というエピソードがある。室井は自宅裏で子猫を拾う。その時のふぐママのセリフがこれだ。やむを得ず室井はこのチビ猫を飼うことになる。そして子猫連れで仕事をするようになる。ふぐママには捨て猫についての強烈な思い出がある。ある日ふぐママは家の前で痩せこけて傷だらけの猫を見つける。今にも死にそうな猫を拾い、家につれて帰り手当てをして家で飼うようになった。その一年後、ふぐママの家の前を腰の曲がった小さなばあさんが通りかかった。ふぐママは気の毒に思い椅子を出してそのばあさんを休ませた。そのばあさんと話をしていると、突然庭の塀の上で拾った猫が「ニャ〜ッ!」と叫んだ。そしてばあさんの方にダッシュしてきてばあさんの胸に飛び込んだ。「ああチコちゃん」とばあさんは叫んだ。猫はキューキューいってばあさんの顔をナメまわす。ばあさんはその場で泣き崩れた。

ばあさんはこの猫を一年以上もずっと探していた。猫もちゃんとばあさんを覚えていて飛びついた。最初ばあさんを見つけたのは猫の方である。ばあさんは猫を抱きしめて泣きながら帰っていった。ふぐママも二人の?情愛の深さに涙が止まらなかった。ペットと人の間には単に飼っているという以上の愛情・繋がりがある。よく大きな地震で犬が血だらけになりながら、自分の飼い主を掘り起こすという行動が見られる。多分それは猫でも同じ事、単に飼われている以上の愛情が両者を繋いでいる。ヒマ老人の僕でさえ娘の飼い猫ブンタと精神的な繋がりが感じられる。ある日の夢の中で、僕はブンタを肩に乗せ営業をしていた。ヒョットするとブンタはもう死んでいて、人にはその姿が見えなかったりして。それで打ち合わせ相手がヤバかったりするとフーッと凄んだりして…。でも室井も自分の仕事に子猫を連れて行った。そんなにおかしい事ではない。この話はヘタな人情話より痛切に衝撃的である。ふぐママは今や室井同様の人気者になっている…。